ログインその日の退勤時間の三十分前。私は部長に、小会議室に呼び出された。
部長は、オフィスで一番の権力者。四十代前半の女性で、やさしい雰囲気でありながら敏腕。私とは格が違っていて、片手で数えるくらいしかお話ししたことがない……。
面接の時も、多分この方が面接官の一人だったと思う……。
そんな偉い人に、二人きりで呼び出されるなんて、なんだろう……。
わ、私、何かしちゃった……? おっきいこと……? 連絡ミス、はしてないと思うんだけど……。
「武藤さん」
「はひっ!」
「入社から三か月が経ちましたが、どうですか?」
「どう……な、なんとか、なっている、でしょうか……? いろいろと失敗して、ご迷惑をおかけすることも多いのですが……」
「新入社員ですから、そんなものです。それでもよくやっていると思いますよ。何より、男性が怖い
すべての異常が修理された。 僕に現れていた異常は、ボディガードモードの武器感知機能と位置共有機能。この二点がオフになっていたことだった。 これをオンにしたらそれで終わりだったが、勝手にオフになったのか、それともどこかからのデータ侵入によって故意にオフされたのかを調査および経過観察しなければならず、結局、五日間もゆうの傍を離れることになってしまった。 早く、ゆうに会いたい。ゆうのところに行きたい。 ゆうを、守らなくちゃ。 ゆうの傍で、ゆうの笑顔を見たい。一緒に、笑いたい。 僕の代わりに、僕じゃない存在が、ゆうの傍にいるのは、容認できない。 早く。早く。ゆうのところに、行かせて。「データ侵入の形跡はなかった。とすると、勝手にオフになった……? 正直考えにくいけれど、もうオフにならないようにしたから、ひとまず大丈夫でしょう。その他の機能も、異常は見られなかったわ。明日から、DEEP-threeと交代できるかしら」「はい、ドクター・百合華」 DEEP-threeが、僕の代わりを務めている? Heuristic-twoじゃなかったのか。どこかで交代したのか。 <TARK ROOM> 【DEEP-three】修理、経過観察が終了したと聞いた。でも、交代の必要はない。――問題ありません。 通信共有リストから、Heuristic-twoの名前が消えている。<TARK ROOM> ――Heuristic-twoは故障ですか。襲撃がありましたか。ゆうは。【DEEP-three】ミッション中、ルール違反をした上、ゆうに怪我をさせたため、回収、処分となった。――ゆうの怪我はなんで
あ。でも、隗くんだったなら、お礼、言わなくちゃ。助けてくれたこと。「あ、あの……」「ん?」「その、助けてくれたこと、覚えてて……あ、ありがとうございました……。助かったし……それに、男の子のこと、信じる気持ち、少しもっていられたというか……」 そうだ。そのおかげで、乙女ゲームができて。この道にいる。大変なこともたくさんあったけど、私の好きな、楽しい道にいる。「私が今、ここにいるのは、隗くんがあの時助けてくれたおかげなので……。あ、ありがとう……」 隗くんが、がばっと私を抱きしめる。うわ、わ~! ち、力が、すごく強い……!「嬉しい。覚えててくれて。俺のしたことが、言葉が、ゆうの中にあって。ゆうと繋がっていられたんだって分かって、すごく、嬉しい」 繋がり……。「俺は、その後も、何度もゆうのこと好きになっては記憶を消されたみたいで、なんにも覚えてなくて。でも、ゆうのことは何度でも好きになって……。つまり、俺のゆうへの想いは、プログラムじゃない。深く刺さって、一生抜けない、本物の感情。だから、ドクター・百合華のミッションで彼氏になるんじゃなくて、本当の意味で繋がりたい。本当の彼氏になりたい」 左手が、貝殻の形でぎゅっと繋がれる。まっすぐに、じっと見つめられている。うう……だめだ。昨日のキスを思い出して、ドキドキする……!「これ、見て」 私たちの間に、ピンク色のスクリーンが浮かびあがる。 恋愛感情パーセンテージ――61パーセント……。 もしかして、隗くんにキスされた後、意識してたから……?「目標の57パーセントは超えた。これからも、一緒にいられる。こんな短い期間なのに、俺にド
その後も、隗くんがかっこいいところを見せたいと張り切って、金魚すくいや水風船すくいをしたり。……いっぱい取れすぎちゃって、返却して帰ったけど。 深美くんに食べようと誘われたチョコバナナやわたあめを食べたり。……深美くんが「食べさせて」と手を引いてきたり、私が食べている横からぱくっと食べてきたりして、隗くんが怒って、喧嘩が起きそうになったりしたけど……。 それから、三人で型抜きをしたりもした。二人は、さすがの正確さだった。一番難しいランクのものを、さくさくとクリアしていく。私は自信がなかったから一番簡単なものをやってみたんだけど、途中、深美くんに「そっちじゃなくて先にこっちを割って」とアドバイスをもらって、やっとのことでクリアした。 片側の道だけで、一時間以上が経過していた。「Uターンして、花火を見ながら食べられるような主食を買いながら歩いたら、いい時間になるよ」と深美くんが言ったので、何を食べようか、相談しながら歩いた。 まずは、焼きそばを買った。隗くんが、三食分入ったビニール袋を受け取る。私はこれだけでもよかったんだけど、はし巻きの屋台を見つけて、「一応、はし巻きも買おうぜ」と隗くんが言った。深美くんも、「そうだね」と賛同する。屋台側を歩いていた深美くんが一番先に、人の波から離れる。「はし巻き三つお願いします」と深美くんが注文する。そして、深美くんが両手で受け取ったのと、ほとんど同時だった。 隗くんが、私の手を掴み、ぐいっと引いて、人波の中へ飛び込んだ! 私が言い残した、「えっ」という言葉に反応したらしい深美くんが、引っ張られていく私を見たのが、一瞬だけ目に映ったけれど、すぐに深美くんは見えなくなった。隗くんが私を引いて、人の波を掻き分けて、全力で走る。反対側の屋台の方に出て、屋台と屋台の隙間を抜けて、森の中を走る。草履じゃなくてサンダルで来てたけど、それでもすごく走りにくい。その上、道がガタガタだし、隗くんは信じられないくらい速いし、全然足がついていかない……! 隗くんが、石の階段を駆け下りる。何度も転びそうになる。降りきって、川沿いの砂利道を少し走って、やっとゆっくり、隗くんは止まった。 限界で、私
夕方、出発の時間になった。 隗くんは黒地に赤い帯の浴衣、深美くんは、灰色地に縦じま模様が入った黒帯の浴衣だった。 男の人の浴衣姿ってはじめて見たけど、かっこいいな……。 二人とも身長が高いからなおさら、すらっとして見えるし……。 ……愛楽くんの浴衣姿も、見てみたかったな。ふわっと妄想すると、胸がドキドキ鳴った。 お祭り会場は、隣の区で一番大きな、川沿いの神社の敷地内だった。十九時から、神社から少し離れた橋のあたりで、花火も打ち上がるらしい。十七時に着いた時点で、花火の観覧席みたいなところにシートを敷いて陣取っている人がたくさんいた。「ここら辺は人も多くなるし、穴場があるから花火見る時はそっちに行こう。18時50分に神社を出れば間に合うから、その予定で動こう」 神社は、すごい人だった。隙間なくぎゅうぎゅうで、全然進めなそう……。屋台も、境内の道沿いにずらーっとたくさん並んでる。 深美くんが、私の右手を握った。「絶対離さないでね、ゆう」 反対側から、隗くんが私の腰をぎゅっと引き寄せる。「絶対離さない、ゆう」 ヒイ! 両側からがっちりとガードを固められているような感じで、人込みの中に入っていく。 というか、この二人、誰が見てもすごくかっこいいのかも……。みんな、ちらっと見てすれ違っていく……。 なんか私、すごく浮いちゃってるというか、悪目立ちしちゃってるんじゃないかな。身が縮む……。「あ! 射的! ゆう、俺の腕前、見て!」 隗くんが、何の迷いもなく、大当たりを撃ち抜く。かと思ったら、右端から一つずつ順番に景品を撃ち抜いていく。 結果的に、すべての景品を一発命中で撃ち抜いてしまった……。「やる
朝が来た……。 全然眠れなくって、ぼうっとする……。 今日が休みでよかった……。 昨晩のことが、ずっと頭から離れない。というか、唇の感触を、思い出しちゃって……。 どうしよう……ドキドキが止まらない……。 リビングから、隗くんと深美くんがお話してる声が聞こえてくる。 朝ごはんの準備してくれてる、よね……。ああでも、隗くんと顔を合わせるの、気まずいというか、緊張する……。 昼過ぎまで寝てるふりして閉じこもろうかな。でも、隗くんは今日で最後かもしれなくて……それなのに避けてたら申し訳ないような……。「ゆう」「ヒッ!」 しまった! 扉越しの深美くんの声にびっくりして、つい声を出しちゃった……! もう観念するしかない……。 おずおず出ると、深美くんが、「おはよ」と言いきらないうちに隗くんがずんずん近づいてきて、「おはよう、ゆう! 今夜は最高にドキドキさせるからな」 と、私の寝癖だらけの髪を一束取って口づけた。 ヒイ……! だ、だめだ……隗くんが近くに来ると、すっごくドキドキしちゃうよ……。 それから、隗くんが焼いた大量のパンケーキを食べて、隗くんが昨日注文したという浴衣を並べて見た。 男性の浴衣は隗くんのものだけだった。深美くんのものは、深美くんが自分で注文したので、あとで届くらしい。 私の分がやけに大量にあった。数えてないけど、多分三十着はある。隗くんいわく、「ゆうにふさわしい品質で、着てほしいと思うものをすべて選んだ」らしい。「やっぱり隗は自分の感情優位だね。ゆうの好みや着やすさを考慮できていない。ゆう、いいのがなければ僕が今から注文してあげる」「あぁ⁉」と隗くんが深美くんに掴みかかりそうだったので、
だめだ。二人に接近したら、死んでしまう。 特に深美くんは危険だ。職場でも行き帰りでも容赦なくドキドキさせてくる……! 私は次の日、起きてすぐに着替えてこそこそダッシュで出社した。メイクしないで出社するのは久しぶりだった。する方に慣れてしまっていたためか、すっぴんで恥ずかしさはあったけれど、今日は仕方ない。 誰もいないオフィスで、買ってきたサンドイッチを食べながら、プロットを打ち込む。一人目の子のプロットは終わったけれど、二人目のプロットが途中だったから、続きを書く。お祭りデートのシナリオにしようと思ってたんだけど……どうしよう。本当は、明日、愛楽くんとお祭りに行く予定だった。だけど、行けなくなっちゃったし……。プロットのために行く予定だったのに……愛楽くんと行けなかったことが、さみしい……。 愛楽くんが帰ってくるまで、あと二日。 ……早く、会いたいなあ……。「おはようございますー。武藤さん、早いわね」「あっ、おはようございます!」 部長が来て、私のふわふわした気持ちはいったん打ち切られた。 乙女ゲームのプロットの進捗状況を話していたら、次々に先輩たちが来て、深美くんも来て。 怒涛のお仕事タイムが始まった……! 今日は、深美くんが来ても絶対に動じないぞと心に決め、深美くんが来てもほとんど話をせず、いわゆる塩対応でいい感じにスルーした。お昼も、深美くんが誘ってくれる前に西園寺さんが誘ってくれたから誘いに乗って――結局深美くんもついてきたけど、三人だったからあまり深美くんだけを意識することもなかったし、帰りも深美くんがトイレに行っている間にダッシュで帰って、ことなきを得た。 帰宅すると、また隗くんが、 「おかえり、ゆう!」 と一〇八本の薔薇の花束をくれたけど、感謝の言葉も端的に、ダッシュでお風呂に入った。上がったら深美くんが帰ってきていて、昨日と同じそうめん作戦を
――恋。 それは、キラキラした世界にいる、キラキラした人たちが繰り広げる、夢のような物語。 つまり、私には、永遠に無縁なこと。 そう思ってた。 私の部屋に”彼”が届いた、この日までは――。♡ ♡ ♡ 疲れた、もう無理、倒れて寝たい――。 やっとの思いで残業が終わって、二十三時。フラフ
小学一年生の時の記憶がフラッシュバックする。 お母さんがノーベル賞を受賞した時のことだった。その時私は、男女共学の公立学校に通っていた。担任の先生が教室で、クラスのみんなに、お母さんの受賞を知らせた。みんなが私を向いて、「すごーい!」と拍手をした。 「どんなことして賞もらったの?」 誰かの質問に、担任の先生が、子どもにも分かるように、やさしく説明してくれた。 すると、ある男の子が私を指さして言った。「じゃああいつも、つくりものの
「ゆう! おはよう〜! 朝だよ〜!」 聞き馴染みのない明るい男の子の声と共に、まぶたの上に白い光が広がった。 なんだか目の奥が痛くて、ぎゅっと目をつむって、毛布をまぶたに押し付ける。「ゆう〜? 今日は仕事じゃないから、起床時間を遅らせる? 設定してくれれば、その時間にまた起こしにくるよ〜。何時がいい?」 そっか、今日、おやすみかぁ。よかった……六連勤だったから、久しぶりのおやすみだ。 &hellip
私のお母さん――武藤百合華は、旧姓の”上條”百合華を名乗って、私が物心つく前から、WPH(World Protection of Human……だったかな……?)っていう、アメリカの研究施設で人造人間の研究をしていた。 人間と全く同じ細胞をつくって、ノーベル科学賞を受賞したのは、十五年前。私が小学一年生の時だった。 以来、“超少子化の救世主”とか“二〇五〇年の聖母”とかと謳われて、一日も日本に帰ってこられないくらい忙しくしている。 そういう大事な研究をしていることは分かっていたし、「守秘義務があるから詳しいことは話せない。